SID 2022技術セッション報告 (2)
1. はじめに
SID 2022 (1) の報告に続き、基調講演2件、Meta Reality Labsの「AR/VR用ディスプレイ: 課題とトレンド」とBOEの「ディスプレイでIoTに力を与える: 未来と道筋」の概要を述べる。
2. AR/VR用ディスプレイ:課題とトレンド
Meta Reality Labs, VP of Display & OpticsのJoe O’Keeffeは、”Displays for AR/VR: Challenges & Trends”と題した講演をした。以下に概要を述べる。
本題に入る前に、「メタ」とは古代ギリシア語の「meta」に由来する接頭辞で、「〜を超越した」や「高次の〜」という意味を持つ。メタバースは、この「meta」と「universe (宇宙・世界)」を組み合わせた言葉で、直訳するならば“高次的な世界”とでもいったところ。言葉としての由来は、SF作家のニール・スティーブンソン氏が小説「スノウ・クラッシュ」 (1992年) で描いた世界に遡る。「メタバース」という言葉が指しているのは、アバター (デジタル空間において、利用者の変わりに動く分身としてのアイコンや3Dモデルのこと) を用いて、多人数でコミュニケーションが図れるオンラインサービスや空間のこと。
ところで、Head Mounted Displayには、Virtual Reality (Opaque to real ,no combiner needed) とAugmented Reality (Transparent to real world .combine needed) に分類できる。
VR Glassには図1に示す次世代のディスプレイが必要である。
図2に現状のVRと目標仕様 (パネル解像度、ビジュアルリゾリューション、フィールドオブビュー (FOV) および焦点深度) の比較を示す。
「スクリーンドア現象」は、主にディスプレイ解像度が原因で網目模様が見えてしまう問題である (図3参照) 。 2021年現在、VRヘッドセットの解像度は数年前と比較して飛躍的に向上し、超高密度のディスプレイ等によってスクリーンドア現象は大きく改善した。 しかし、“完全な解決”には未だ至っていない。
これまでVRシステムで使われてきたディスプレイ技術は、スマートフォン向けに開発された技術を横展開したものだった。未来のワークプレイスと完全なバーチャルプレゼンスを実現するというVRビジョンを信じるなら、VRディスプレイ技術を次のレベルに引き上げ、スマートフォンのベースラインを超えたイノベーションを推進する必要がある。
しかし、AR のビジョンはさらに困難である。完全な拡張現実感には、今日のトップエンドのアイウェアの重量とファッションのしきい値をサポートするウェアラブルフォームファクタで完全な没入型体験を可能にするより積極的で革新的なディスプレイ技術が必要である。
講演では、ARディスプレイとVRディスプレイの両方にソリューションを提供できるテクノロジートレードスペースの概要を説明し、最新のテクノロジートレンドをレビューした。
図4にVR用ディスプレイの焦点距離と解像度 (PPI) の関係を示す。マイクロディスプレイは、マイクロOLEDおよび液晶ベースのディスプレイ (透過型LCDおよび反射LCOSを含む) が用いられている。
図5に現状のVRグラス用レンズを示す。フレネルレンズ (Fresnel lens) は、通常のレンズを同心円状の領域に分割し厚みを減らしたレンズであり、のこぎり状の断面を持つ。分割数を多くすればするほど薄くなるため、材料を減らし軽量にできる一方、同心円状の線が入ってしまう欠点や、回折の影響による結像性能の悪化が顕著になる。パンケーキレンズとは、名前の通りパンケーキのように薄いレンズのことで、径の太さにくらべ全長が極端に短い。パンケーキレンズは焦点距離が短いため、より小さなサイズのディスプレイパネルが可能になる。
VRが提供する没入型エクスペリエンスとは異なり、ARで最も差し迫った課題の一つは FOV (Field of View: 視野) の拡大である。ARディスプレイシステムは、図6に示すようにさまざまな光学コンバイナソリューションが実証されており、一般に反射または部分反射ミラー、レンズ、またはプリズムによって表される。反射面は平坦、湾曲、または自由形成にすることができるが、一部の表面は偏光することができる。ARディスプレイ用コンバイナの比較を図7に示す。
光導波路技術は、一般に光パワーを持たないため、ユニークなタイプの光コンバイナとして最近導入された。光が泳ぐ蛇のように導波路内を前後に跳ね返るためには、「全内部反射 (TIR total internal reflection)」が鍵となる。
TIRが発生するには、
・導波管内の高屈折率材料 (n1>n2)
・光の入力角度が臨界角θcよりも大きい
の2つの条件を満たす必要がある。
光学エンジンが虚像を生成した後、導波路は画像内で結合し、漏れがほぼゼロのTIRを介してガラス基板の内部に輸送し、観察者の目の位置に達すると画像を結合する。このプロセス全体を通して、導波路は、典型的には、画像自体に影響を与えず、したがって、撮像システムから独立した光コンバイナである (図8参照)。
導波路を光コンバイナとして使用する最大の利点は、ARメガネの設計における空間の最適化にある。マイクロディスプレイとイメージング光学系を邪魔にならないように (額の上部または側面に) 配置することで、視覚障害を最小限に抑えるだけでなく、デバイスの重量バランスを最適化し、人間工学を向上させる。
図9にAR用グラスのキーテクノロジの比較を示す。光源としてのディスプレイデバイスと導波コンバイナの特徴を各々比較した。図10にVR用グラスのキーテクノロジの比較を示す。光学レンズと光源としてのディスプレイデバイスの特徴を各々比較した。
3. ディスプレイでIoTに力を与える - 未来と道筋
BOE CTOのXu Xiaoguang (徐暁光) 氏は、“Empowering IoT with Displays - the Future & the Pathways”と題した講演をした。以下に概要を述べる。
IoT時代には、ディスプレイはすべてのものを認識するための最も重要なチャネルとなっている。ライフスタイルの多様化により、ディスプレイの可能性が高まる (図11参照)。図に示すように2025年にはIoTデバイスの62%にディスプレイが搭載される。伝送データの75%はビデオ/画像であると予測している。そこでBOEは「ディスプレイでIoTをエンパワーメント」するという開発戦略を提案している (図12参照)。テーマとしては、Premium Display、Beyond DisplayおよびMore than Displayである。
一方、多様なシナリオにおいてディスプレイ技術の開発が急務となっており、ディスプレイ業界は新たな課題に直面している。BOEは常に「技術の尊重、革新の永続性」の面で信頼を保ち、革新で製品をアップグレードすることに専念している。LCD、OLED、MLED、およびその他のディスプレイ技術により、BOEは最適化されたビジュアルイメージと統合機能を通じて顧客のプレミアムエクスペリエンスを提供し、より多くのシナリオを満足させることができる。一方、BOEは高度な技術革新を追求しており、将来のディスプレイはまったく新しいユーザーエクスペリエンスを生み出すと信じている。
(1) Premium Display
図13にフレキシブルの新時代を示す。曲面とタッチコントロール機能を備えた透明フレキシブルOLEDディスプレイ、最大360度折りたたむディスプレイ、Z字型に折りたたむ3つ折りディスプレイ、スライド式ディスプレイ、リストバンド電話ディスプレイ、車載ディスプレイなど、さまざまな形態のフレキシブルディスプレイをBOEが発売した。これらの製品は、まったく新しい未来的な体験を提供する。
図14にE-sports (eスポーツ) 用ディスプレイを示す。E-sportsとは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称である。E-sports用ディスプレイは、Ultra-high Refresh Rate (ex,500Hz)、HDR (1,000,000:1) 等の特徴を有す。
図15にメディア用ディスプレイを示す。シームレスタイリング、ノーフリッカ、広色域、HDRが特徴である。モジュールの厚みは30㎜から10㎜に薄型化し消費電力を20%削減。
図16に車載用ディスプライを示す。透明ディスプレイは、カソード電極の改良により透過率50%色域NTSC比95%。CIDは動作温度範囲40℃~85℃、過酷条件下での信頼性は4,500時間以上、輝度は800Nit。調光窓は1秒で明暗切り替え、暗状態の透過率は1%以下。テルライトは輝度2,000Nit。深紅672nmで0.3㎜厚。車載インテリジェント感光性マルチディスプレイは、周囲光に応じて明るさを自動的に調整し、さらにスマートなドライビングエクスペリエンスを提供する。
(2) 無限の可能性
ディスプレイの無限の可能性を図17に示す。Highly customized、Multi-applicationおよびFresh customer experienceを目標に図に示すような多方面への応用展開を図る。
図18にスマートリテールへの展開を示す。「スマートリテール (Smart retail)」とは、技術を活用して業務を効率化することでコスト削減を実現した小売店のこと。いわば、小売店のDX (デジタルトランスフォーメーション) 化。単純に人件費の削減を行うだけでなく、キャッシュレスや顔認証技術などを使って、消費者の買い物体験そのものに付加価値をつけたり、技術そのものをマーケティング手法として活用したりしている。
図19にスマートパークへの展開を示す。コインパーキングの空き状況がリアルタイムで分かる駐車場をIoT化した「Smart Park」。
図20にビジュアルアートプラットフォームを示す。情報開示、照明制御、エネルギーマネージメントを行う。
(3) BOEのブランド
図21にBOEの技術ブランドを示す。
ADS Pro、f-OLEDおよびα-MLEDの技術ブランドの下で多数の技術と製品を発表し、メタバース、メガネフリーの3D、スマートキャビンの最先端のアプリケーションを展示する。BOE独自のハイエンドLCD技術ソリューションとしてのADS Proは、超高リフレッシュレート、超ハードタッチスクリーンなどの一連の利点を有す。
576 Hzのリフレッシュレートを備えた4K TVディスプレイは特に目を引く。コントラスト比3,000:1と大幅に向上させた。500 Hz以上のリフレッシュレートを備えたラップトップディスプレイは、酸化物TFT技術と高速応答LCD技術を採用して1msの応答時間を達成しした。BOEのブースでは、288Hzの8Kテレビや500Hzのモニターなど、世界最高水準の超高リフレッシュレートディスプレイ製品を実際に体験することができる。これらの製品は、BOEのハイエンドLCD技術によって可能になった。
f-OLEDは、BOE独自のハイエンドフレキシブルOLED技術ソリューションである。フルスクリーンディスプレイ、折りたたみ式ディスプレイ、ロールアブルディスプレイなどのさまざまな新しい形態をとり、アンダーディスプレイ指紋認識、アンダーディスプレイカメラ、バイオメトリクスなどの複数の機能を統合し、フレキシブルディスプレイのまったく新しい展望を開く。
さらに、f-OLEDでは、BOEが世界最大の95インチ8K OLEDディスプレイを展示。最先端の酸化物TFT技術と白色OLED蒸着プロセスによるこのディスプレイは、ピクセルレベルの光制御とHDR画質を実現し、大型OLED分野における技術リーダーシップを実証。BOEの17.3インチ折りたたみ式OLEDディスプレイは、この種のものとしては世界初で最大である。ディスプレイは、100%DCI-P3の色域と超薄型ベゼルを備え、ASUS専用に供給している。世界初のNFCウェアラブルには、ICカードデータの読み取りとシミュレーションをサポートする1.57インチOLEDディスプレイが付属している。
BOEは量産した世界初のミニLED製品を展示。ガラス基板をベースにした86インチ4Kアクティブマトリックスバックライト付きMLEDディスプレイは、1,500NITの輝度と2,000以上のゾーンの光制御をしている。このディスプレイはSkyworthのハイエンドTVラインナップに適用されている。ガラス基板をベースとした世界初の0.9mmアクティブマトリックスMLEDは、1,000Nitのピーク輝度と1,000,000:1のコントラスト比を有す。
(4) Advanced Technology Innovation
次の3分野で先端技術革新を目指す。
・Material Innovation
・Process Innovation
・Computing Innovation
図22にFabrication Process Innovationを示す。
インクジェット印刷、3Dプリンティング、ディジタルリソグラフィ (マスクレスプロセス) およびナノインプリントである。
4. 著者所見
Meta Lab (旧Facebook) の講演は、主にTFT-LCDのR&Dおよび量産に従事してきた著者にとっては難解であった。しかし、メタバース実現に向けたディスプレイの目標仕様等聞くことができ有用であった。最後のBOEの講演は、盛りだくさんの内容であった。ただ、プレゼン資料の配色およびフォントの選択は見直したほうがよさそうである。
取材・執筆:UDDI 鵜飼 育弘氏 (5月16日)