[新着] SID 2022技術セッション報告 (3)
1. はじめに
低温ポリシリコン (LTPS) に匹敵する高性能で安定なアモルファス酸化物TFTの実現を目指したR&Dが活発化している。先ず、現在実用化されているIGZOの課題を明確にし、国内での高性能化の状況を述べる。次に、SID 2022の講演を紹介する。
2. IGZO-TFTの課題と対策 (1)
2004年に東京工業大学の研究チームが発表した、高い移動度をもつアモルファス酸化物半導体InGaZnO (IGZO) のTFTは、既にOLEDテレビや高精細液晶ディスプレイなどで実用化されている。一方で近年では、次世代ディスプレイやメモリー向けに、LTPS TFTに匹敵する高い移動度をもつ酸化物TFTが求められている。しかし、高い移動度が得られる酸化物TFTでは、長時間の使用により深刻な不安定性が生じてしまうことが大きな技術的障害になっていた。
(1) 移動度-安定性トレードオフ現象
酸化物TFTには「移動度-安定性トレードオフ現象」という長年の未解決問題があることが技術的障害になっている。この現象は、高い移動度を示す化学組成 (インジウムやスズが主成分) の酸化物TFTでは、繰り返して使用していると、しきい値電圧が大幅に動いてしまうという不安定性 (閾値シフト) が見られるというものである。
TFTの閾値シフトが起こると、同一の電圧下で得られる電流の値が変わるため、OLEDディスプレイでは輝度のばらつきが生じてしまう。そのため、いくら高い移動度を示すTFTがあっても、閾値シフトがある限り実用化は不可能である。閾値シフトには大きく分けて、Negative Bias Temperature Stress (NBTS)、Positive Bias Temperature Stress (PBTS)、Negative Bias Illumination Stress (NBIS) の3種類が知られている。このような閾値シフトは、酸化物TFTの移動度を10 cm2/Vs程度に制限する主な原因となっている。
酸化物TFTの不安定性問題について、実験で得られた結果をまとめると以下のようになる。
①NBTS不安定性は酸化物半導体層のキャリア濃度の上昇に起因する。
②フォトリソグラフィ後にCOを含む不純物が残存し、負電圧が印加されると吸着していたCOから酸化物半導体層に電子が供与される。
③CO不純物からの電子供与は、移動度が高い半導体層ITZOでは起きやすいが、移動度が低いIGZOでは生じない。
(2) 高移動度。高安定性ITZO-TFT
本研究の知見を基に作製法を最適化したところ、移動度が高く、かつ安定性に優れたITZO TFTが得られた。このTFTでは、移動度70 cm2/Vsを達成し、さらに実用化にあたって必須とされるNBTS、PBTS、NBISのすべての動作条件において、非常に優れた安定性が実現している (図1参照)。
(3) 今後の展開
本研究では、酸化物TFTにおける移動度と安定性の両立に向けた明確な指針が確立することができた。今回の成果では、フォトレジスト由来のCO不純物による電子供与性を議論したが、実際の量産環境ではさらに多くのCO関連不純物が混入する可能性があると考えられる。このような観点から、酸化物半導体を用いた次世代エレクトロニクスの実現には、より活発な産学連携が必須になるだろう。
研究グループは今回、LTPSのTFTに匹敵する移動度と安定性をもつアモルファス酸化物半導体のTFTを実現するという、20年来の念願をようやく果たすことができた。アモルファス酸化物半導体はLTPSに比べると、アモルファスの性質から、均質で大面積の薄膜が低温で容易に作製でき、レーザー照射による結晶化処理も不要という大きなメリットがある。これまで高移動度と高安定性が両立できなかったため、論理回路などLTPSが使われている応用には展開できなかった。アモルファス酸化物半導体であるIGZOは、アモルファスシリコンのTFTを置き換えつつあるが、今回の成果によってLTPS-TFTを置き換えられる可能性が出てきた。
3. ジャパンディスプレイ (以下JDI)
JDI茂原工場の第6世代 (G6) 量産ラインにて、従来の酸化物半導体薄膜トランジスタ (OS-TFT) 技術に革新的な特性向上を実現するバックプレーン技術の開発に世界で初めて成功した (2)。
(1) 技術内容
電界効果移動度が、従来のOS-TFT技術と比較して2倍以上となる高移動度酸化物半導体 (HMO: High Mobility Oxide) 技術、及び4倍以上となる超高移動度酸化物半導体 (UHMO: Ultra High Mobility Oxide) 技術。UHMO技術においては、電界効果移動度52cm2/Vsという、酸化物半導体TFTとしては非常に高速な特性を量産ラインにて実現した。
この技術により、オフリーク電流が低いという従来のOS-TFT技術の特徴はそのままに、LTPS技術と同水準のオン電流を流すことが可能となる。更に、従来はAMOLED用高移動度バックプレーンには LTPS 技術が必須であり、ガラス基板サイズの大型化は最大 G6 までが限界だったが、この技術はG8 以上の大型ラインへも展開が可能となる。
この技術は、OLED製品を始めとしたディスプレイデバイスの技術革新を飛躍的に加速し、 以下のようなディスプレイ性能の向上に幅広く貢献するものと見込んでいる。
・ディスプレイの低消費電力化 (低周波数駆動時)
・VR/AR 等メタバース・ディスプレイの映像リアリティ
・臨場感の向上 (高精細・高リフレッシュ レート化)
・透明ディスプレイの透明感・表示品位向上、大画面化
(2)特性データ
従来の OS-TFT 技術では、高い電界効果移動度を得ようとすると信頼性不良の原因となるバイアス温度ストレス (BTS) が悪化し、高い電界効果移動度と安定した BTSを両立できないといという大きな課題があった。
JDI で培った OS-TFT のプロセスノウハウを駆使することにより、従来の技術課題を克服し、優れた特性を持つ新しい OS-TFT を実現した。この技術により、高い電界効果移動度を有しつつ、同時に安定した特性を得ることができ、OS-TFT の低オフリークと LTPS 技術と同等レベル の安定的な駆動能力の両立が可能となった。図2にOS-TFTのTFT特性と電界効果移動度比較を示す。図3にOS-TFTの信頼性特性比較を示す。
なお、酸化物半導体には出光興産にて開発した結晶性酸化物材料を使用している。
(3) 今後の見通し
量産開始時は、2024年より量産を開始する予定。 売上高の目標は、開発中の次世代 OLED と組み合わせて*ウェアラブルデバイスを中心とした新製品を G6 ラインにて量産し、2025年度に約 250 億 円、2026年度に約500 億円の連結売上高を目指す。
*JDIニュース2022年5月13日: マスクレス蒸着+フォトリソ方式の有機 EL「eLEAP」の量産技術を確立 ― 飛躍的な特性向上、発光領域22 倍、ピーク輝度 2 倍、寿命33 倍を実現
4. SID2022シンポジューム
Kyung Hee University ADRC (韓国) と出光興産・先端技術研究所から「大面積・高解像度AMOLEDディスプレイ用の高性能・コプレーナ多結晶InGaO薄膜トランジスタ」と題した講演があった(3)。以下に講演概要を述べる。
(1)背景
大面積、高解像度のディスプレイへの関心が高まるにつれ、高移動度TFTの要件が高まっている。結晶性酸化物の研究は、アモルファス材料の低移動度の問題を克服するために進んでいる。その中で、ワイドバンドギャップ(〜3.7 eV)n型半導体として知られるIn2O3は、高い移動度をが得られる。しきい値電圧を制御する効果的な方法は、ガリウム(Ga3 +)のような強く結合した金属カチオンによるドーピングである。これにより、In2O3ネットワークの酸素欠乏生成サイトを置き換えることでキャリアを減らすことができる。
In2O3ベースの半導体結晶化度は、スパッタリング成膜プロセスにおける酸素分圧、成膜温度、および成膜後のアニーリングなどのいくつかの要因に依存する。
(2)実験
図4(a)に結晶化用のガラス/SiO2バッファ層/a-IGO薄膜を示す。最初に、200 nmの厚さのSiO2バッファ層をプラズマ化学気相成長法(PECVD)によってガラス上に成膜し、30nmの厚さのa-IGO層をDCスパッタリングによって成膜した。次に、空気中で400℃のホットプレートにa-IGO活性層を取り付け、a-IGO膜を結晶化した(図4(b))。
次に、厚さ100nmのSiO2と厚さ150nmのMoを成膜し、続いてそれぞれゲート絶縁体とゲート電極としてパターン化した。さらに層間絶縁膜とMo層を形成した。
電気的測定は、室温の暗所でAgilent4156C半導体パラメータアナライザによって実行した。しきい値電圧(VTH)は、VGSがIDS = W / L×10pAに対応するものとして定義した。電界効果移動度(μFE)は、VDS = 0.1 Vの相互コンダクタンス(gm)から算出した。サブスレッショルドスイング(SS)は、VDS =0.1V で10pA≤IDS≤100pAの範囲の(dlog(IDS)/dVGS)-1とする。
(3)結果と考察
図4(c)に成膜および結晶化(hoplata crystarized)したIGO膜のX線回折(GIXRD :grazing incident X-ray diffraction)を示す。非常に鋭い多結晶ピークが2θ=31.28°に現れ、(222)の優先配向を持つ多結晶相を示す。2θ=21.52°、36.18°、52.08°、および61.94°に、それぞれ(211)、(400)、(440)、および(622)の方向に対応するいくつかの弱いピークがある
一方、成膜したまま(as-deposited)のサンプルは、検出可能なピークは見られずアモルファスである。。
図5(a)および(b)は、コプレーナTFT(W / L :4 µm / 10 µm)の伝達(VD = 0.1、1、5、および10 V)および出力(VG = 2.5、5、7.5、および10 V)特性を示す。線形移動度(µFE)、VTH、しきい値以下のスイングは、それぞれ51.40 cm2V-1s-1、-0.4 V、および230 mV/Dec。
この結果は、コプレーナ多結晶IGO TFTの優れた性能を示していまる。
TFTのバイアスおよび環境安定性テストを実施した。図6(a)および(b)は、伝達特性のPBTSとNBTSの結果を示す。PBTSおよびNBTSは、VG=±20V、温度60℃で1時間実行した。それぞれ+0.1Vと-0.1Vの無視できるΔVTHで優れた安定性が観察された。
これは、トラップサイトが非常に少ない優れたアクティブ/ゲート絶縁体インターフェースを示す。環境安定性は、85℃湿度85%で48時間実行した。図6に示すように、デバイスの性能に検出可能な変化はない。したがって、高温高湿度での長時間の環境試験を行ってもTFTの性能に影響はない。
図7に23段の多結晶IGO TFTを使用したリングオシレータ(RO)の性能を示す。
(a)にインバータ(b)に23段リングオシレータを示す。リングオシレータは、供給電圧20 Vで、ステージあたり9.2 nsの伝搬遅延時間で、2.36MHzの高い発振周波数を示す。
これは、コプレーナ構造と多結晶TFTの高い移動度のために、非常に高速な発振器が得られた。
(4)結論
酸化物半導体の新しい結晶化技術を開発した。室温で成膜した酸化膜を400℃未満のホットプレート上で空気中でアニーリングすることによって結晶化することができる。低コストの結晶化酸化膜は、(222)に鋭い多結晶XRDピークを示す。多結晶酸化膜を備えたコプレーナTFTは、50 cm2 /Vsを超える高い電界効果移動度と、優れたPBTSおよびNBTS安定性を示す。 さらに、このTFTは85%/85℃で2日間の環境テストで非常に安定した結果が得られた。
したがって、コプレーナTFTは、AMOLEDディスプレイ用の大面積の高解像度TFTバックプレーンに非常に適している。
5. 著者所見
酸化物半導体TFTの分野で先駆的な実績を有す東工大細野グループによる高性能化と高信頼性の両立は産業界に大きな寄与をもたらす。JDIは赤字で苦しんでいるが、新開発の酸化物TFTとOLEDパターニング技術が経営に寄与できる日が楽しみである。ただ、この事業は継続的な設備投資の可否で企業の存続が決まるといっても過言でない。
【参考・引用文献】
(1)東工大ニュース [低温ポリシリコン(LTPS)に匹敵する高性能で安定なアモルファス酸化物薄膜トランジスタ(TFT)を実現] 2021.12.10
Y. Shiah, K. Sim, Y. Shi, K. Abe, S. Ueda, M. Sasase, J. Kim, H. Hosono
“Mobility–Stability Trade-Off in Oxide Thin-Film Transistors” Nature Electronics 10.1038/s41928-021-00671-0 ““
(2)JDIニュユース 2022 年 3 月 30 日
(3) Md. Hasnat Ra, et al., “High-Performance, Coplanar Polycrystalline InGaO Thin-Film Transistor for Large-Area, High-Resolution AMOLED Display”SID2022 digest pp.16-19 (2022)
取材・執筆:UDDI 鵜飼 育弘氏 (5月16日)