SID Display Week 2023 報告 (1)

Published June 2, 2023
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UDDI TECHNICAL WRITER PH.D. 鵜飼育弘氏の特別寄稿 ※原稿ママ掲載※

1.はじめに

Display Week 2023はLos Angels Convention Centerで5月21日から26日オンサイトで開催された。2023年のテクニカルプログラムでは、ショートコース、セミナー、シンポジウムなどの様々な形式で、OLED、MicroLED、AR/VR/MR/XR、機械学習とAIなどの注目分野をカバーする。

ショートコースは、5月21日の日曜日に開催された。このコースでは、技術的な見識を広げたい人のために、トピックの基礎を包括的に紹介する。

•ディスプレイおよびその先の酸化物TFT:酸化物TFTは、高性能で低コストのディスプレイやセンサーを作るためのデバイスである。このコースでは、酸化物TFTの原理や特徴、応用例などを紹介。

•OLEDの基礎:このコースでは、OLEDの構造や特性、製造方法などを紹介。

•MRの導波管:原理とアプリケーション:MRは、現実世界に仮想的な情報を重ね合わせる技術。このコースでは、MRを実現するための導波管という光学素子の原理や設計方法などを紹介。

•マイクロLEDの台頭:このコースでは、マイクロLEDのメリットや課題、将来性などを紹介。

•ディスプレイの性能を予測するための計算技術:ディスプレイは、光学的な現象によって画像を表示する。このコースでは、ディスプレイの性能を予測するために必要な計算技術やモデル化方法などを紹介。

ショートコースに参加すると、セミナーやシンポジウムで聞く高度な話題も理解しやすくなる。

セミナーは、5月22日の月曜日に開催された。セミナーでは、AR/VR/MR/XRテクノロジーとユーザーエクスペリエンス、ディスプレイ技術、機械学習とAIの3つのトラックで15のセッションがあった。

•AR/VR/MR/XRテクノロジーとユーザーエクスペリエンス:AR/VR/MR/XRは、現実と仮想の境界を曖昧にする技術。このトラックでは、AR/VR/MR/XRのデバイスやコンテンツ、ユーザーの感覚や感情などについて紹介。

•ディスプレイ技術:ディスプレイ技術は、画像を表示するための素子や回路、材料などに関する技術。このトラックでは、OLED、Micro LED、酸化物TFTなどの最新のディスプレイ技術について紹介。

•機械学習とAI:機械学習とAIは、データから知識や判断を導き出す技術。このトラックでは、ディスプレイに関連する機械学習とAIの応用例や課題などについて紹介。

各セッションでは、業界や学界の専門家が最新の研究成果や事例を発表した。セミナーは、ディスプレイ関連分野における最先端の動向や課題を把握する絶好の機会である。

2.シンポジウム

シンポジウムは、5月23日から26日まで行われた。シンポジウムでは、339 件の口頭発表、164 件のポスター発表、および約 95 件の招待論文からなる 87 件のテクニカル セッションが開催さた。 2023 年のプログラム委員会は、今年 650 を超える論文のアブストラクトを受け取り、パンデミック前のレベルに戻った。投稿論文の 4 分の 1 は、OLEDと、Micro LED、および QD ディスプレイである。 ただし、すべてのカテゴリに関係のある多くの論文がある。 論文の国別では、 中国からは 139件、韓国からは 119件である。これらの国からの論文数は、パンデミック以降で最も多くなった。日本からは、シャープ、半導体エネルギー研究所(SEL)およびジャパンディスプレイ(JDI)が主な機関である。

この報告では、著者が興味を持った日本企業からの論文3件を順次紹介する。

  ・OLEDのパターニング技術(JDI論文番号17.1)

  ・バックプレーンTFT技術(JDI&出光興産論文番号8.1)

  ・導波路型網膜走査型ARディスプレイ(ソニーグループ論文番号68.1) 

3.ジャパンディスプレイのeLEAPTM AMOLED Display

(株)ジャパンディスプレイから”Development of the Novel eLEAPTM AMOLED Display with Breakthrough Panel Performance”(論文番号17.1)(1) と題する招待講演があった。このeLEAPTMは2022年5月13日のニュースリリース「世界初 マスクレス蒸着+フォトリソ方式の有機EL「eLEAP」の量産技術を確立 ― 飛躍的な特性向上、発光領域2倍、ピーク輝度2倍、寿命3倍を実現 ―」に関する論文である。

3.1 背景

OLEDディスプレイの構造と製造工程は、製品の要件に応じて多くの異なる形式が採用されている。 より大きな画面サイズの OLED ディスプレイの場合、インクジェット印刷とカラーフィルター(CF)を使用した蒸着白色 OLED がよく知られている(図1参照)。これらの技術は、大きなサイズ(例えば大型TV用)のディスプレイを製造できることは明らかな利点でだが、欠点は本質的に発光効率が低いことにある。 効率が低いと、消費電力が大きくなりる。 また、動作電流密度が高くなる傾向にあるため、ディスプレイの焼き付き不良の原因となる場合もある。

図 1. (a) インクジェット OLED (b) カラーフィルターを備えた白色 OLED 一般に、蒸発源は基板の下側にある
©SID2023

小型の画面サイズのOLEDディスプレイには、よく知られたアプローチとして、ファインメタルマスク(FMM :fine metal mask)がある。FMMは、赤、緑、青(RGB)のサブピクセルを直接パターニングするために使用され、CFなしのRGBイメージングを可能にする。インクジェットプリントOLEDがポリマー材料を使用するのに対し、蒸着OLED(FMM OLEDなど)は材料選択においてより適応性が高い。その結果、FMMを使用した蒸着OLEDは、これまでのOLED業界で最も性能の高いアクティブマトリックスOLED(AMOLED)ディスプレイとなっている。構造的には、FMMは多数の薄い金属膜ストリップが並べられて金属フレームに張り付けられたもので構成されている。薄い金属膜ストリップにはあらかじめパターニングされた穴があり、FMMはシャドウマスクとして機能し、穴は最終的に蒸着後にRGBサブピクセルとなる (図2参照)。

図2 FMM を使用した RGB パターニング。一般に蒸発源は基板の下側にある
©SID2023

焼き付きは、OLED ディスプレイの品質に関する主要な課題の 1 つである。 LCD の短期的な焼き付きとは対照的に、OLED の焼き付きは永続的になる可能性がある。これは、OLED デバイスの効率が一度劣化すると初期の性能に回復することがないため。 OLED の焼き付きを軽減するために、ドライバー IC を使用した焼き付き補償としてさまざまなアプローチが検討され、開発されてきた。 しかし、焼き付き現象を根本的に克服するには、OLED デバイス自体が本質的に長い効率寿命性能、またはより高い発光効率を備えている必要がある。 たとえば、タンデム型デバイスなどの発光効率が高い OLED デバイスは、意図した表示輝度の電気的ストレスを下げることができるため、結果的に寿命が長くなる。  

さらに、AMOLED ディスプレイの場合、サブピクセル開口率も輝度劣化寿命の決定要因となる。 多くの場合、FMM のピクセル位置精度 (PPA: pixel position accuracy) と蒸着装置の位置合わせ精度が、大きなサブピクセル開口部を実現する制限要因となりOLED材料の画素位置合わせがTFT配線の合わせ精度と同程度であれば、開口率は大きくなる。 そのため、FMM 自体とその関連プロセスがピクセルアパーチャ設計のボトルネックと考えられてきた。

JDIは、OLED RGB サブピクセルのパターニングに FMM を必要としない OLED パターニング技術を開発した(図3参照)。 FMM の代わりに、新しい方法ではフォトリソグラフィーを使用するため、サブピクセルのパターニング精度は従来の OLED ディスプレイを上回る。 新しいパターニング技術は開口率を大きくできるだけでなく、RGB OLED ディスプレイの画面サイズのスケーリングにも概念的に適している。 最後に重要なことは、FMM および FMM 関連プロセスの使用を排除すると、有機溶剤の消費量を大幅に削減できる。

図3 ジャパンディスプレイが開発した新しいパターニングの簡略化されたプロセス フロー。一般的に蒸発源は基板の下側にある
©SID2023

3.2 概念実証

JDIは、リソグラフィーOLEDパターニングによるディスプレイの商標eLEAPは、「e nvironment positive(環境ポジティブ)」、「L ithography with maskless deposition(マスクレス蒸着+フォトリソ方式)」、「E xtreme long life, low power, and high luminance(超長寿命・省電力・高輝度)」、「A ny shape P atterning(フリーシェイプ・パターニング)」を登録中。 eLEAP の概念実証として、FMM を使用せずに Gen6 TFT ラインとハーフ Gen6 OLED 蒸着ラインを使用して 1.4 インチ OLED ディスプレイを製造した。 表 1 に、ディスプレイの設計仕様を示す。 図 4 (a) は eLEAP の画面正面の外観を示し、図4(b) はその RGB サブピクセル設計を示す。

表1 概念実証ディスプレイの仕様
©SID2023
図4 (a) リソグラフィーパターニングプロセスで製造した1.4 インチ丸型 OLED ディスプレイ
©SID2023
図4 (b) RGB サブピクセル、開口率 54.1%
©SID2023

3.3 特性

異なるOLEDディスプレイの表示性能を比較した。表示性能を公平に比較するために、開口率28%の同じ開口率設計のディスプレイを、FMMとリソグラフィーの両方で別々に作製し測定した。これらの2つのディスプレイは、TFT設計、OLEDスタックアップ、封止構造が同じ。光学的な性能に関しては、設計した性能が両方の構成で得られた。両方ともDCI-P3 100%カバレッジの色域を持っているが、大きな違いは、eLEAPは広い範囲のディスプレイ輝度にわたってより安定したプライマリカラー座標を示したということ。

図5では、600nitsと1nitでの色座標を比較している。OLED共通層の存在により、FMM OLEDディスプレイでは横方向のキャリア漏れが発生する。これは特に低輝度域で電気的な色混合を引き起こすことで有名。一方、eLEAPはRGBサブピクセルの間のすべてのOLED材料をエッチングする。そのため、eLEAPは構造的に横方向の漏れが発生するのを防ぐ。

図 5 (a) FMM OLED の原色座標 (b)eLEAPの原色座標を表示
©SID2023

輝度劣化特性も測定した。興味深いことに、eLEAPでは、すべてのRGB色の劣化曲線の急峻さが抑制された。この比較では、FMMとeLEAPのパネルは同じ開口設計を持っているが、違いは製造プロセスである。OLEDデバイスは汚染物質に対して非常に敏感であることが知られている。OLEDディスプレイ製造ラインでは、蒸着室の清浄度、真空度、蒸着室内での基板滞留時間などの主要な汚染リスクが通常制御されている。この意味では、FMM自体が真空蒸着環境での汚染源となる可能性がある。FMMがTFT基板に物理的に接触すると、OLEDデバイスに一定量の不純物を誘発する可能性がある。eLEAPはFMMを用いないで作られているため、eLEAPのOLEDデバイスは汚染がなく、本質的に長寿命を得ることができる。

3.4 議論と展望

OLED の蒸着プロセスと、FMM を使用して RGB サブピクセルをパターン化する方法論は十分に確立されている。 さらに、FMM OLED テクノロジーは、特に大型RGB OLED ディスプレイをターゲットとして進化し続けている。しかし、この技術には課題がある。一つは、FMMが重力や熱でたるんだり、位置がずれたりすること。これは、画素の位置がずれてしまう原因になる。もう一つは、FMMに有機材料が付着して厚くなったり、パーティクル(微粒子)が発生したりすること。これは、FMMを頻繁に洗浄しなければならないことを意味する。FMMはOLED業界で主流の技術だが、ディスプレイメーカーにとっては大きな負担である。

フォトリソグラフィー OLED は有望な代替技術である。 過去にも同様のアプローチが試みられたが、リソグラフィープロセス中に OLED デバイスを保護することが重要な課題だった。 図 6 に示すように、eLEAP は優れた OLED デバイス保護機能を備えている。 この画期的な進歩により、FMM を OLED 製造から排除することができる。

図6 輝度劣化曲線(ストレス条件:35℃以下で600nitsの白色)
©SID2023

その結果、期待できる主な利点としては、

・サブピクセルの面積を大きくしてOLEDデバイスの寿命を延ばすことができる

・横方向の漏れ電流を抑制して低輝度時の色再現性を向上させることができる

・p型ドーパントを多く入れて駆動電圧を低減させることができる

・赤、緑、青のサブピクセルにそれぞれ最適な材料や厚さを選ぶことができる

・ディスプレイの額縁を狭くしてデザイン性を高めることができる

・ダークスポットの発生をサブピクセル内に限定してOLEDの品質を保つことができる

・大型のディスプレイも容易に製造することができる

・FMMのコストやリサイクルの問題を解決することができる

・製品開発のサイクルを短縮することができる

JDIは、このeLEAP技術を使って、開口率が27%から58%までのさまざまなデザインの試作品を作っている。フォトリソグラフィーによるOLEDパターン化技術の実用性は十分に証明されている。JDIは、これまでに 27% ~ 58% の幅広い開口率を選択して、さまざまな設計の eLEAP サンプルを作製してきた。 リソグラフィー OLED パターニング技術の実現可能性は、試作品を通じて十分に証明されている。

3.5まとめ

上述ように、JDIはFMM を使用せずに、Gen6 TFT ラインとハーフ Gent6 OLED 蒸着ラインで新しく開発したリソグラフィー RGB OLED ディスプレイを実証した。 環境に優しい新しいフォトリソグラフィーベースの OLED パターニング技術は、OLED ディスプレイの製造プロセスで使用される化学薬品の量を大幅に削減でき、またそのディスプレイ特性には比類のない可能性がある。 eLEAP は非常に幅広いアプリケーションで使用できる。 JDIの eLEAP サンプルは現在入手可能であり、JDI は商用利用に関する議論を歓迎する。

4.DSCC Keynoteから(2)

FMMを使わないで、蒸着装置を簡単にできたらどうなるか? JDIの eLEAPという方法では、FMMでパターンを作る代わりに、よく知られたリソグラフィーという方法でパターンを作る。 OLEDの層は、OLEDを蒸着したあとに密閉する(図7参照)。これによって、リソグラフィーやエッチングという後の工程でダメージを受けにくくなる。FMMやFMMの洗浄のコストがなくなる。OLEDの材料もFMMに遮られずに使えるので、利用効率が高くなり転コストも低くなるはず。ただし、エッチングの工程は低温に対応するように変える必要がある。基板を真空の中から外に出したりするので、歩留まりに影響するかもしれない。

基板サイズが、G8.7ラインでどんなサイズでも作れるようになる。リソグラフィーで細かいパターンが作れるので、OLEDの開口率が大きくなる(2倍)。その結果、OLEDの明るさや寿命も向上する(図8参照)。 図9にパネルサイズ・解像度と応用分野を示す。図から、パネルサイズは小型から大型まで、解像度も広い範囲対応できることがわかる。

図7 可能なeLEAPプロセス
©DSCC2023
図8 FMMによるOLEDとeLEAPによるOLEDの輝度と寿命の比較
©DSCC2023
図9 パネルサイズ・解像度と応用分野
©DSCC2023

5.事業展開

JDIは2023年4月7日付けで、ディスプレイメーカー大手の中国・惠科股份(HKC)と戦略提携覚書(以下、MOU)を交わしたと発表した。2023年6月にも最終合意の予定。両社はグローバル戦略パートナーとして、次世代OLEDディスプレイ技術の推進と工場建設などに取り組む計画である。

JDIは、高輝度で寿命が長い次世代OLED「eLEAP」を開発し、2022年5月に量産技術を確立した。同年8月にサンプル出荷を始め、2024年中にも量産に入る予定である。また、2022年3月には、第6世代量産ラインにおいて、バックプレーン技術「HMO:high mobility oxide」を開発、早期の量産化を目指している。従来の酸化物半導体TFTに比べ、電界効果移動度は2~4倍以上である。

そこで今回、将来のディスプレイデバイス技術に大きなインパクトを与えるとみられる「eLEAP」と「HMO」の技術を、他社にも提供していくことにした。戦略提携を結んだHKCは、生産出荷規模で世界第3位のディスプレイメーカーである。中国では既に、8.6世代のディスプレイ工場で量産を行っている。

5. 著者所見

eLEAPは、OLEDの発光層を形成するフロントプレーン工程において、FMMやインクジェット(IJ)を用いないで、フォトリソグラフィーによるパターニング技術である。FMMやIJ方式はパネルサイズや解像度に制限がある。eLEAPはこれらの制限がなくオールマイティ技術といえる。量産工場建設には大きな投資が伴うので、現状の赤字続きのJDIには無理である。したがって、KHCとの戦略提携は良い選択と思われるが、KHCが更なる投資を提案した時、JDIが提供できる技術や知財があるのか?でなければ、KHCに吸収されることも考慮すべき。なお、表1でTFT circuitとしてLTPOが用いられている(3)。しかし、第2報で取り上げるHMO(高移動度酸化物半導体)TFTを用いれば、デバイス構造が複雑でAppleの特許であるLTPOから解放される。

【引用・参考文献】

(1) Naoki Shiomi,et al., “Development of the Novel eLEAPTM AMOLED Display with Breakthrough Panel Performance” SID2023 Digest pp.202-204 (2023)

(2) Ross Young , ”Display Market and Technology Outlook” DSCC2023 Keynote (2023)

(3)Y.Ukai, SID Display Week 2021 聴講記 (2) LTPO対抗技術


UDDI Technical Writer
Ph.D. 鵜飼育弘
yasuhiro.ukai@hotmail.co.jp



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Counterpoint Research (日本窓口 DSCC)

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